Tuesday 8 July 2008

ベリー イングリッシュ

先日の大学での面接といい,週末のオーディションワークショップといい,質問や課題の提示のされ方のクリアーなこと!

Articulation、ていうらしいけど、ダンスをやっていても自分の取り組んでいることをはっきりさせて,あれがこうだからこう、ではこうしてみては?、で,こうなりました。って,はっきり説明できるのだよね。

大学ではうちのコースはこうこうで、こんな目標のもとにやっています。実際にはそのためにこんなことをしています。って説明できる。

振付家はこの作品の焦点はこんな疑問点で,そのためにこんな方法で動きをつくっていきました。って説明できる。

ラバンで勉強してた頃に(うわ、何年前?)チューターに「あなたのアイデアは良いけれど,それがどこから出てきたのか説明できなきゃ、『偶然』思いついたとしか言えないのよ」といわれて、「『偶然』の思いつきの何が悪いんじゃい?」と思った自分がまだここにいる。

アカデミックな世界で論理的思考が必要なのはわかるけれど、実際のダンスの世界でやっていくにもそれが必要なのか?

イギリスってこうゆう論理的思考の得意な国で,しかも言葉に対する執着も強いから,こうゆう傾向はイギリス独自なのか?

(だったら別の国に移りたいな)

某有名振付家WMcだって、いつも同じような作品ばっかりつくっているくせに,語らせると「そんなにユニークなアイデアに基づいてつくっていたんですか!」と驚かされる。語りの方が実際のダンスよりずっと面白い,といつも思う。

いいのかそれで?

でも,こうやって説明が上手じゃないと作品をつくるための助成金ももらえないんだろうな。

話し方ってこの国ではすごく重視されてて,それなりの教育を受けたちゃんとした人は,ちゃんとした話し方をして当然で,そうでないと仕事も限られちゃう。根強い階級意識もそこから垣間見える。

あー、めんど。

明らかに外国人の私はその基準がやや緩やかで,ピラティスの教えの仕事でさえも、英語が堪能に(一応ね)話せるだけで感心されるのだけど、もっとフォーマルな仕事ではそれでは通らない。

もっと勉強してイギリス人ミドルクラスばりに論理的会話力のアップを謀るべき?

それとも自分の居心地の良い場所を見つけて,それで良しとするか?

いやー、私は何をやりたいんでしょうね?

Rex14 Chatch @LABAN



Hello Everyone,

I am performing with Stephanie Schober & Dance Company again on:

Tue 22nd July 2008
7.30pm
LABAN
www.laban.org


I will be performing a duet with the choreographer called "Catch", which we have been performing last two years and this will be the 14th performance in public.

I feel so much honour to perform the same piece so many times, and at the same time it is always difficult to keep it fresh and alive. I am planning to review all the small details of the movement in the piece so that I can find another meanings or narratives in it which reflects me at the moment rather than two years ago.

I attach the e-flyer that Stephanie made. Apparently she is teaching at the Place Summer School, so I will send the info too for your information.

I look forward to seeing you maybe at LABAN or elsewhere.

Best wishes,
Katsura

Saturday 5 July 2008

幸せ感じるオーディション

今週末は二日がかりでオーディション。
オーディションと言えば,選考段階が幾つかあって,一段階ごとに何人か落とされるというのが定番ですが,今回のはワークショップオーディションというだけあって,書類を通って呼ばれた人たち全員が二日参加します。

というのは,このオーディションは公演のためではなくて、ショバン・デイビス・ダンスカンパニーという英国では一番有名なカンパニーによる,プロ フェッショナルデベロップメントのプロジェクトのためなのです。通ると,6週間,フルの給料付きで,プロジェクトに参加できるという,なんともおいしい代 物目がハート

なのでオーディション自体も啓発的な要素が強くて,whatよりhowを重視したクラスや,本当に存在意義のある動きをどうやって創っていくかと いうWS。ちょっとしたシンプルな動きもよーく感じると身体には本当にたくさんのことが起こっていて,自分の意志によって質は全く変わってきて,それに 伴って感情も変わるのです。さらに,一度創ったシークエンスをバラバラにして、オリジナルの意図はそのまま残したまま組み立て直すと,また別のものが深層 心理の闇から出てくるし。ミランダ・タフネルというダンスアーティストが「目に見えないものを見える形にする」のがアートだと言っていたけど,その見えな いものに触れるために,人はいろいろ方法を考えるのですねえ。

話はそれたけど、
まるまる二日間,学びの場が与えられて幸せ揺れるハート
これが6週間だったらさらに幸せ揺れるハート
しかもギャラ付きなんて揺れるハート

まあ,結果はどうであれ,ひさしぶりにダンスの奥深さを私の好きな方向からかいま見れ,もっともっと勉強しなきゃなという気にさせられたのは,大変ありがたい経験です。

Thursday 3 July 2008

書かんとあきません

書くことは好きで,時間があると思ったことやら愚痴やら何やらノートに書いているのだけど,オンラインのブログや日記となるとどうも構えてしまう。

というか,考えていることがあまりにも抽象的すぎて,ちゃんと言葉にするのが難しい。話をしているときも同じで,漠然としたことを考えていて言葉 にならないまま消えていくか,あるいは何か言おうとしたとたん,全く別の見方があることに気づき,自信をなくし,そのままうやむやにしてしまう。

こんなんじゃ人に理解してもらえないよー。

今日もやってしまった。しかも一番やってはならないところで、たぶん。何がどう運が回っていたのか,大学でダンスを教える仕事の面接に行ってき た。ここでの質問があんまりにもヘビーで,「ダンスの成績をつけるための評価の仕方について何か意見はありますか?」とか「プロフェッショナルダンサーと して大学でのダンス教育に何を期待しますか」とか。

えー、基本的にはダンスを評価するのは間違っていると思うし,大学でダンス勉強したって先厳しいって,,とか内心思っているのだけど,そんな悲観 的なこと面接で行っちゃダメでしょう。なので、一生懸命自分を前向きに持っていって,なんとかそれらしい答えを言おうと思うのだけど,いまいち説得力な し。まあ自分が説得されてないんだから仕方ない。

ってゆうか、ダンスって何?なんで私は踊ってるの?とか、疑問は土つぼにはまってゆく。まー、みんな好きだから踊るんだし,楽しんでやっていきましょー!って,全部投げ出しちゃう。前進なし。

こうして書いているうちに,また焦点はずれていく。これが問題。

書いていても,うやむやなのだから,書かなければもっとうやむや。頭の中で思考がとぐろを巻いている。

書かねばあきません。(なぜか関西弁)
そして動かねばあきません。

てことで。